古典音楽 下出し述懐節によせて|琉球舞踊と古典音楽の会⦅町田倫士⦆

町田倫士

朝夕さもお側 拝み馴れ染めの 里や旅しめて 如何す待ちゆが
(朝夕いつもお側にいて 馴れ親しんだ貴方を旅立たせて 私はお帰りをどうお待ちすればよいのでしょう)

琉球舞踊「花風」で歌われる一曲、言わずと知れた古典音楽の名曲だ。
私はこの歌がとても好きだ。組踊研修時代(21,22歳頃)講師の安里ひろ子先生に、うんと指導してもらった思い出の曲。

「〽里や旅しめて… はもっと情(ナサキ)入れなさいよ」と常々言われた。
工工四には書かれない “行間の表現” を学んだ一曲だった。

琉球舞踊「花風」では、愛しい人を人知れず見送る遊女のやりきれぬ想いが描かれる。そして「下出し述懐節」は、その悲哀をさらに劇的なものにする。だけれども、踊り手が藍傘に手を掛け、舞台袖へと入っていく後奏のほんの30秒ほどに、深い悲しみの中に凜と咲く強い意志や、前を向いていこうという覚悟が見え隠れする。だから好きなんだと思う。


大好きだった祖母が2月に旅立った。
享年97歳の大往生。最期は子・孫・ひ孫、皆で見送った。
三線をはじめたころからいつも応援してくれて、舞台もたくさん観にきてくれた。

実家のすぐ隣に住んでいたおばあ、学校帰りにはいつもおばあの家に寄り、お菓子を食べながらユンタク(お話し)するのが楽しみだった。

大人になってからも実家に寄る時は必ず、おばあのところに行った。
話すといつもパワーをもらえる気がした。

学生時代は気恥ずかしくてできなかったけど
大人になってからは、三線を弾いておばあに聴かせた。
喜んでくれるのが本当に本当に嬉しかった。

そんな、おばあとの別れは言葉に出来ないくらい悲しかった。
大きな舞台も控えていた2月、正直立ち直れないくらい辛かった。
だけど自然と、“もっと頑張らないといけない” という想いがわいた。
おばあがいつも応援してくれた芸能――。
毎日芸能に囲まれた生活ができているのも、おばあや家族のおかげ――。
そんな想いが強くなった。

琉歌って不思議なもので、その時々の自分の置かれた環境や感情によって、歌の感じ方や捉え方が変わってくる。だから面白い。

私にとって今回の「下出し述懐節」は、“祖母との別れ” の曲なのかもしれない。

「里(女性からみた男性)」とか「如何す待ちゆが(どのようにお待ちしましょう)」とか、厳密にはそぐわない表現もある。だけれども、大切な誰かの旅立ち、残される人の想い…。そうした情念に共感している自分がいる。そして、哀愁をもちながらも、温かい手で背中をさすってくれるような歌持ち(後奏)に心が満たされて、“もっと頑張ろう”と前を向ける気がする。

その意図でこの曲を選んだわけではない。でも、どう歌ってもおばあと話した日々が思い出されてしまう。歌ってそうゆうものなのかもしれない。

今回上演する各演目が、観る皆さんの心にどう映り、どう感じるのか楽しみです。

ご来場お待ちしています。

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記事:リュウカツチュウ町田倫士